姿勢が感情を整える? ― イライラを防ぐ身体のメカニズム ―

「姿勢を正すと気持ちが落ち着く」とよく言われます。
一見すると根拠のない感覚のようですが、
近年の心理学や神経科学の研究では、姿勢が感情やストレス反応に影響を及ぼすことが明らかになってきました。
つまり、「良い姿勢の人はイライラしにくい」というのは、単なる印象ではなく、生理学的にも説明できる現象なのです。


姿勢が脳の“感情回路”に作用する

アメリカ・サンフランシスコ州立大学の研究(Peper et al., 2017)によると、
猫背で座った被験者は、背筋を伸ばして座ったグループに比べて、
わずか数分で「怒り」「不安」「無力感」を強く感じやすくなるという結果が報告されています。

脳は、姿勢から得た身体情報をもとに「いま安全かどうか」を判断します。
猫背のように胸を閉じた防御的な姿勢を取ると、脳は危険を察知したときと同様の反応を示し、
ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が促進されます。
一方で、胸を開き、視線を上げた姿勢では、感情を制御する前頭前野の活動が高まり、
怒りや不安といった感情を落ち着かせる方向に働くことがわかっています。


呼吸と自律神経の生理学的リンク

姿勢が悪くなると胸郭が圧迫され、呼吸が浅くなります。
呼吸の浅さは交感神経を優位にし、心拍数を上げ、イライラや焦りを感じやすい状態をつくります。

反対に、姿勢が整っていると横隔膜が十分に動き、深い呼吸が可能になります。
これにより副交感神経が活性化し、脈拍や血圧が安定。
ストレスホルモンの分泌が抑えられ、心身ともに落ち着いた状態が保たれます。


姿勢は「感情の出力」でもあり「入力」でもある

心理学では、身体の状態が感情を形成するという
”身体フィードバック理論”が知られています。

たとえば、笑顔をつくると脳が「楽しい」と認識するように、
胸を開いた姿勢を取ると、脳は「安心している」と判断します。
このように、姿勢は感情の結果であると同時に、感情を形づくる“入力信号”でもあるのです。


結論:姿勢を整えることは、感情を整えること

良い姿勢を保つことは、見た目を美しくするだけでなく、
脳や神経、ホルモンといった生理的メカニズムに働きかけ、
心の安定にまで影響を与える行為です。

  • 前頭前野の働きで感情が制御される
  • 呼吸が深まり、副交感神経が優位になる
  • コルチゾールの上昇が抑えられる

これらのメカニズムにより、姿勢が感情を整えるというのは、
経験ではなく、科学的に説明できる事実なのです。



背すじを伸ばすことは、気合いではなく、生理学。
姿勢を整えるたびに、脳もまた穏やかさを取り戻しています。

 

 

参考文献:
Peper E., Lin I. M., Harvey R., et al. (2017). How posture affects mood and stress. Biofeedback, 45(2), 36–41.
Lehrer P. M. et al. (2003). Heart rate variability biofeedback increases baroreflex gain and peak expiratory flow. Psychosom Med, 65(5):796–805.
Carney D. R., Cuddy A. J., Yap A. J. (2010). Power posing: brief nonverbal displays affect neuroendocrine levels and risk tolerance. Psychological Science, 21(10):1363–1368.

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