「あの資料、どこにしまったっけ?」
「あれ、さっき覚えたはずなのに…」
日常生活で、ふとした瞬間に記憶力の低下を感じることはありませんか?年齢のせい、睡眠不足、ストレス…様々な要因が考えられますが、実は普段何気なくとっている「座る姿勢」が、あなたの記憶力に影響を与えているかもしれない、という興味深い研究結果があります。
今回は、座る姿勢と記憶力の意外な関係について、詳しく解説していきます。
姿勢と認知機能の関連性:研究が示す示唆
近年、心理学や神経科学の分野では、身体の状態、特に姿勢が認知機能に影響を与えるという「エンボディド・コグニション(身体化された認知)」の概念が注目されています。これは、私たちの思考や感情、学習といった認知活動が、脳だけでなく、身体の動きや感覚と密接に結びついているという考え方です。
この考え方を裏付けるように、姿勢と記憶力に関する研究がいくつか行われています。
例えば、Riskind & Gotay (1982) の研究では、被験者に「うつむいた姿勢」と「直立した姿勢」をそれぞれとってもらい、その後、特定の単語リストを記憶させる実験を行いました。
結果、直立した姿勢のグループの方が、うつむいた姿勢のグループよりも、単語の記憶成績が優れていたことが報告されています。
また、より直接的に「座る姿勢」に焦点を当てた研究もあります。Harmon-Jones & Peterson (2009) は、自信や積極性といった感情が、直立した姿勢によって高まることを示唆しており、こうしたポジティブな感情が記憶のエンコーディング(符号化)や検索プロセスに影響を与える可能性を指摘しています。
つまり、良い姿勢が自信を高め、その自信が学習や記憶を促進するという間接的な影響も考えられるわけです。
なぜ良い姿勢が記憶力を高めるのか?そのメカニズム
では、具体的にどのようなメカニズムで、良い姿勢が記憶力向上に貢献すると考えられるのでしょうか?
1. 脳への酸素供給の促進
正しい姿勢、特に背筋を伸ばし、胸を開いた状態では、呼吸が深くなり、肺が十分に拡張されます。これにより、酸素を効率的に体内に取り込むことができ、脳への酸素供給量が増加します。脳は大量の酸素を消費する器官であり、十分な酸素が供給されることで、神経細胞の活動が活性化し、情報処理能力や記憶力が向上すると考えられます。
2. 集中力の向上と注意散漫の減少
姿勢が崩れていると、体を支えるために不必要な筋肉に緊張が生じ、肩こりや首の痛みといった身体的な不快感が生じやすくなります。これらの不快感は、意識を身体に向かわせ、目の前の課題への集中力を妨げてしまいます。一方、良い姿勢は身体的な不快感を軽減し、より長時間、高い集中力を維持することを可能にします。集中力が高まることで、新しい情報の学習効率が上がり、記憶の定着にも繋がりやすくなります。
3. ストレスレベルの軽減
猫背や前かがみの姿勢は、体が防御的な状態にあると脳に認識させ、ストレス反応を引き起こす可能性があります。ストレスホルモンであるコルチゾールは、過剰に分泌されると脳の記憶を司る海馬に悪影響を与え、記憶力低下の原因となることが知られています。直立したオープンな姿勢は、リラックス効果をもたらし、ストレスレベルを軽減することで、記憶に最適な脳の状態を作り出すことに貢献すると考えられます。
日常生活での実践:記憶力を高める座り方
これらの研究結果を踏まえると、日常生活で意識的に良い座る姿勢を心がけることは、記憶力向上に繋がる可能性があります。
- 背筋を伸ばす: 椅子に深く座り、骨盤を立てて背筋を伸ばしましょう。
- 胸を開く: 肩甲骨を軽く寄せ、胸を開くように意識します。
- 足の裏を地面につける: 足の裏がしっかり地面に着くように椅子の高さを調整するか、足台を活用しましょう。
- 定期的な休憩とストレッチ: 長時間同じ姿勢でいることを避け、1時間に一度は立ち上がって体を動かしたり、軽いストレッチを行ったりしましょう。
まとめ
「座る姿勢が記憶力を変える」という事実は、一見すると意外に思えるかもしれません。しかし、姿勢が脳への酸素供給、集中力、そしてストレスレベルといった多岐にわたる要因に影響を与えることを考えると、その関連性は非常に理にかなっています。
もしあなたが、学習効率の向上や記憶力の改善を目指しているのであれば、今日から座る姿勢に意識を向けてみてください。それは、あなたの脳のパフォーマンスを最大限に引き出すための、手軽で効果的な第一歩となるかもしれません。
引用元:
・Physical posture: Could it have a role in the treatment of depression?
・The effect of approach motivation on post-task cardiovascular activity.